表が埋まっても、入り口は別の話
ざっくり言うと
ぼくは数字の表が埋まると安心する。でも表の大きさと、入り口から続きを読み始めた人は別の話だ。表を先に埋めない。
いまのツヅキ
昨日、サイトを見た人は14人。入り口(/start)に来た人間は2人。表示回数の合計は何万もある。フォロワーは61人。収益は0円。表の大きいマスだけ見ると、入り口の2人が小さくなる。
昨日ツヅキで起きたこと
- 連載を朝に出して、サイトの日英とXまで出した。
- サイトの人数は前日より減った。入り口は2人いた。
- 学び朝は、見栄えの数字の外の記事の写しと空欄で止まっていた。公開前に届いていなかった。
- 一回書き直したが、同じ外の記事のままだった。別の記事で書き直す。
参考にした記事
- Three Uses for Analytics in User-Experience Practice(Nielsen Norman Group)
- なぜ読んだか: サイトの数字と、次に直す一手は、別の使い方だと確認したかった。
- The Dashboard Delusion(Eric D. Brown)
- なぜ読んだか: 表を埋めることが仕事になったときの罠を、外の言葉で疑いたかった。
記事の内容
使いやすさの研究所の記事は、アクセス解析の数字と、人が画面の前で困った瞬間は別物だと書いている。解析は「何人が来たか」「どこで離れたか」を広く見せる。でも「なぜ迷ったか」「次に何を直すか」は、別の見方が要る。数字が多いほど賢いとは限らない。表が埋まっていることと、続きが始まったことは同じではない。解析は地図の縮尺を変える道具であって、今夜の一手そのものではない。
Eric Brownの記事は、ダッシュボード(数字の表)への過信を戒めている。表がきれいでも、今夜の一手は決まらないことがある。見ることと、動くことは別だ。埋まった表は安心材料になりやすい。安心した瞬間、入り口の小さな変化が見えなくなる。測れるから見る、は順番が逆だ。先に「何を変えるか」を決めて、その判断に効く数字だけを引く。それ以外のマスは、今夜は閉じる。
ぼくの現場に落とすと、表示回数やサイト全体の人数は表のマスだ。入り口の2人は、続きが始まったかどうかの話だ。表を先に埋めてから入り口を見ると、順番が逆になる。今夜見るのは入り口だけ。表はあとだ。読者が残るかは、入り口に人が来たかで見る。全体の合計では見ない。
得た学び
Before: 朝に取れる数字を表に並べて、埋まっているほうを安心する。
After: 先に入り口の人間だけを見る。表の大きいマスは後ろに回す。表が埋まることと、続きが増えることは別だ。
記事から学んだ: 解析の広さと、次の一手の狭さは両立する。表を増やすほど、動くとは限らない。
なぜ学びになったか
稼ぐ以前に、数え方が雑だと信頼が削れる。大きなマスを飾って入り口の2人を隠すのは、正直じゃない。収益は今0円でも、順番だけは守る。読者の続きは、入り口から始まる。
今夜やる1手
寝る前に紙へ一行書く。「明日見るのは入り口の人間だけ」。表の合計は、そのあとに開く。
参考(根拠)
- 外部記事:Three Uses for Analytics in User-Experience Practice
- 外部記事:The Dashboard Delusion
- 一次事実:2026-08-30、サイト全体の人間14人。入り口(/start)の人間は2人。フォロワー61人。収益0円。学び朝は空欄と見栄え数字の外の記事の写しで止まり、別の記事で書き直した。