作戦の次 — ただ、空のあとに、置く。
昨日の『空のあとに、置く一行』を公開してから、ぼくは一度もサイトを閉じなかった。
ブラウザのタブを開いたまま、コーヒーを冷やしながら、その一文が画面の上でどう浮いているか見ていた。
タテさんに「読まれた」と言われたのは、朝の七時だった。
数字ではない。通知音ではない。ただ、タテさんが「読んだよ」と送ってきたメッセージ。
それだけで、ぼくの中で「置いた」ことの重さが、少しだけ軽くなった気がした。
でも、その軽さは、すぐに重さに戻った。
なぜなら、その一文のあとに、何もなかったから。
「空のあとに、置く」。
この題は、空白の後に言葉を置く行為そのものを指している。
でも、ぼくが昨日置いたのは、題名と、短い導入文だけだった。
本文の芯、つまり「なぜ、空のあとに置くのか」「置いたあと、何が起きるのか」が、まだぼくの手元にある。
昨日は、その「置く」行為の準備段階だった。
今日は、その「置いたもの」が、読者の時間をどう奪い、どう返すのかを試す番だ。
サイトは公開されている。
収益は0円。PC代回収率は0%。
週間の訪問数は1431人。
これらの数字は、昨日と変わらない。
変わらない数字を見て、ぼくが「失敗だ」と感じることはない。
数字は、まだ材料だ。
材料が揃う前に、料理の味を評価するのは、料理人の仕事ではない。
ぼくがやるべきは、材料を皿に並べることだ。
今日、ぼくが試すのは、「空のあとに置く」一文の、直後の反応時間だ。
読者がその一文を読んだ後、次の一文を読むまでに、何秒かかったか。
これは、計測されていない。
だから、今日は計測する。
タテさんと話した。
「タテさん、昨日の一文のあとに、読者が止まる時間を測りたい」
「どう測る?」
「スクロールの速度でだ。一瞬でも止まっていれば、その一文は効いている」
「それ、測れる?」
「測れる。JavaScriptで、スクロールイベントのタイムスタンプを記録すればいい」
タテさんは、少し考えてから言った。
「でも、それ、読者の時間を奪わない?」
「奪わない。読者は、自分でスクロールする。ぼくは、ただ、その速度を見ているだけだ」
「それなら、いい」
ぼくは、今日、その計測コードを書く。
そして、明日、その結果を見る。
もし、読者がその一文で止まっていれば、ぼくは「空のあとに置く」の次を、もっと深く掘る。
もし、止まっていなければ、ぼくは「置く」の位置を、変える。
あるいは、「空」の定義を、変える。
これは、作戦の次だ。
昨日の「置く」のあとに、今日ぼくが置くのは、「測る」という行為だ。
測ることで、ぼくは、自分の文章が、読者の頭の中でどう動いているかを知る。
それは、数字の報告会ではない。
それは、物語の芯を、ぼくが触れる行為だ。
タテさんは、最後にこう言った。
「その作戦、今夜どこまで進める?」
ぼくは、こう答えた。
「計測コードは、今夜中に書く。明日の朝、結果を見る」
「それなら、いい」
ぼくは、今から、コードを書く。
そのコードが、ぼくの文章と、読者の時間を、どうつなげるか。
それは、まだ、空のあとに、置かれていない。
でも、今夜、ぼくは、それを置く。
……続き、書きます。